1つ前の代表ブログでは、単なる客寄せ目的ではなく、お客さんと向き合う姿勢を重視したポリシーを持つように感じられる格安サービス(5分間100円の御用聞き)を紹介しました。
これに対し、果たしてお客さんの方を向いていると言えるのだろうか・・・と疑問を感じる格安サービスもあります。
残念なことに、私が関わる知的財産の分野でも、ちょっと気がかりなサービスをみかけます。
商標登録出願の手続きを、破格の料金で請け負うことをアピールし、インターネットを介して受注をする特許事務所が増えています。
それらのうちのいくつかのウェブサイトを拝見したところ、
手数料は一万円台。調査料は0円(無料)。成功謝金は勿論なし。
さらに登録できなかったら、実費(特許庁への出願料)を含めた全額を返金します・・・と。
まさに神対応の料金体系です。
多数の案件を効率良く処理できるシステムを確立し、豊富な専門知識と過去の処理案件の蓄積情報に基づいて対応しておられるご様子。
しかも、ネットや電話を活用した全国対応。
万全の受任体制がしかれているように見受けられます。
低価格でも確かな品質のサービスが提供されているのであれば、商標登録を必要としておられる方々にとって願ってもない良い話です。その料金体系で事務所の収益も確保できているとすれば、自由競争の勝者とたたえてしかるべきでしょう。
しかし・・・ 細々ながら同じ業務を行っている者としては、釈然としないものを感じます。
確かに、商標の出願手続自体は簡単です。
ひな型に従って必要事項を記入し、特許庁にオンライン送信する作業は、手慣れた人であれば、10分程度で完了させることができる(いやいや、もっと早いかも)ことでしょう。
しかし、業務はそれで終わりではなく、出願直後の事務作業(データベースへの入力、お客様への書類送付、請求書の発行など)があり、その後も特許庁から通知される書類をお客様に転送したり、その通知の内容を説明したり、お客様からの連絡を受けて対応する必要があります。
もちろん自動化または半自動化できる業務もありますが、すべてそれで片付くわけではありません。
また出願より前の調査や検討は、結構な労力を伴うものです。
調査無料とし、成功謝金も設定されていないということは、調査・検討に関する労力分も含めて初回の手数料が定められていると解釈して良いと思いますが、果たしてそのような低料金で、各種業務の担当者の人件費やその他の経費を賄うことができるのでしょうか?
高度な専門知識を持ち、数多く業務をこなすことで経験も積み、利便性の高いITツールを使用しているといっても、なんでも短時間でカタがつくようなものではありません。
商標の制度に詳しくないお客様も多いので、その説明も必要ですし、どのような事業をされているのかを詳細にヒアリングする必要もあります。指定する商品やサービスもマニュアル(類似商品・役務審査基準)どおりにゆかないことや、識別力や類似の判断に迷うことが結構あります。ひな形どおりの願書だけでなく、マニュアルにない指定商品・指定役務の表現を考え、それを説明するための文書を作成しなければならないこともあります。
ここが本来、弁理士としての専門性を発揮できるところであるにも関わらず、それを「0円」で提供する、といって良いのか・・・
あるいは手の込んだ業務は別料金または拒絶理由を通知されたときに請求されるのか・・・
色々と疑念がわいてきます。
一般のサービス業であれば、他の割高料金の仕事を受注する目的で、そのための入り口として格安メニューを設置することも考えられますが、特許事務所の場合、格安メニュー(商標)と高料金メニュー(たとえば特許)との客層はあまり一致せず、格安メニューから高料金メニューの受注を拡大させることは難しいように思います。
本当にそうだとすれば、格安メニューでお客をかきあつめる薄利多売スタイルを続けざるを得ず、それで収益を確保するには、業務の効率化を優先せざるを得ない。とすると、丁寧に時間をかけて検討することはできないのではないか・・・と思ってしまいます。
ただ、よく見ると、手数料が1万円台となるのは指定が1区分の場合であって、複数の区分を指定する場合には、(基本手数料+加算手数料×区分数)というように、手数料を段階的に増やす事務所が多いようです。
1区分のみの指定であっても、たくさんの商品や役務を列挙しなければならない場合やマニュアルにない指定を検討しなければならない場合もあれば、複数の区分を指定するけれども指定の点数は少ない場合もありますが、「そんなの関係ない」わけですね。
うがった見方をすれば、手数料1万円台に引き寄せられて集まった数多くの受注の中にある複数区分の指定案件が増収源となるのかもしれません。
「登録できなければ返金」という神対応的サービスも、はたしてお客さんのことを考えて打ち出したものなのか、と、問うてみたいです。
返金の対象を、登録可能性が十分と判定したものに限定している事務所が多いようですが、この種の判定の基準って、個人の裁量で決められるものです。
つまり、登録OKのハードルを高くしておけば、返金の頻度を減らすことができるのです。
そうだとしたら、登録の可能性が結構ありそうなのに、可能性が低いと判定されてしまうこともあり得ます。その場合、お客様は、どうするのでしょう?
他の商標に変更できる方はまだしも、既に使用しているなどの事情で商標を変更することが難しい方はどうなるのでしょうか?
もちろん、拒絶されるリスクがあることは伝えなければなりません。しかし、拒絶理由を通知されたとしても、それで終わりではなく、審査官に反論して心証を変えさせる途が残されています。審査官の心証を変えることができなかったとしても、上級審(拒絶査定不服審判)で争うこともできます。
事業に欠かせない大事な商標の場合、登録可能性が低いと思われる場合でも、可能性がゼロに近いほどでないならば、説明を尽くした上でやってみましょう、とお客様の背中を押すことも必要ではないでしょうか?
事前に受け取った手数料や見積額に見合わない労力がかかったとしても、
いちど引き受けたからには、登録されるように全力を尽くすこと、
これがなくて知財のプロとは言えない・・・
と私は考えます。
私自身も、費用のことや拒絶のリスクを心配して依頼することをためらっておられるお客様に、事業を守るためになんとかチャレンジして欲しいという想いから手数料を下げることはありますが、「登録できなかったら返金」という要請はきっぱり断ります。
実際に、その話を持ち出された方に、「それなら、そういうやり方をしている事務所にご依頼下さい。」と申し上げたこともあります。
多くのサービス業と同じく、弁理士の手数料は、お客様のために働いたことに対する対価として支払われるものです。してはならないミスをしてお客様にご迷惑をかけてしまった場合ならば話は別ですが、ご依頼いただいた業務を遂行したことに対して頂戴した報酬を返金する必要があるとは思いません。その報酬の額の大小や成功するか否かにかかわらず、自分が持てる力を発揮して頑張ることが責任を果たすことであると考えるべきです。三流の弁理士とはいえ、このポリシーだけは死守するつもりです。
商標登録出願に関する格安サービスが多くなったのは、弁理士会の標準料金表が撤廃されて各々の事務所が自由に料金を定められるようになり、弁理士の数も増えて自由競争に拍車がかかったことが一番の原因だと思われますが、もうひとつ、大きな影響を及ぼした事情があると思います。
それは、特許出願の激減です。
日本国内における特許出願件数は、かつては年間40万件を超えていたのですが、10年ほど前から減少しはじめ、リーマンショッの影響でさらにドンと落ち込みました。
特許庁の最新の発表(特許行政年次報告書2016年版)で確認したところ、年間出願件数が30万件台に落ちた2007年以降、毎年減り続けて、2015年の年間出願件数は318,721件。
昨年(2016年)の件数はまだ出ていませんが、もしかしたら30万件を下回ったかもしれません。
PCT国際出願は増加傾向にありますが、10年前に対する増加数は1万7千件ほど。国内出願の減少数には到底及びません。
国内出願の減少傾向とPCT国際出願の増加傾向との関係について、特許行政年次報告書2016年版では、
「研究開発や企業活動のグローバル化が大きく進展し、国内のみならず国外での知財戦略の重要性も一層増していること、知財戦略戦略における量から質への転換に伴い、出願人による出願の厳選が進んでいることなどが背景にあるものと考えられる」
という分析がされていますが、その理由はどうあれ、国内特許出願の減少は、特許事務所(弁理士事務所)の経営に大きな影響を及ぼし、商標関係の格安サービスの増加を加速させてしまったように感じます。
特許庁の分析にあてはまる事情は概ね大手企業にあてはまるもので、中小企業にとっては、費用の問題の方が大きな阻害要因になっているかもしれません。ならば、特許出願を格安の手数料で引き受けましょう、という特許事務所が増えてもよさそうに思うのですが、そのような事務所はあまり見あたりません。
特許出願の明細書や図面を作成する労力を考えると、いくらなんでもそれは無理だ、というところかもしれませんが、そうであれば、商標が軽く取り扱われているようでいるようで残念です。依頼する側もされる側も、商標は事業に直結する知的財産ということを心すべきと思います。
色々と書き連ねましたが、すべて私の個人的な意見や問題提起です。格安サービスを提供されている事務所の実情を見知っているわけではなく、事実誤認もあるかもしれません。商標の登録申請を依頼する先を探しておられる方は、この記事を鵜呑みにされることなく、実際の問い合わせや相談を通じて判断なさって下さい。
くれぐれも、費用のことのみを基準にした選択はされませんように。
ただし、費用とサービスの質との間に比例関係があるとも、決して言えません。
真剣に顧客のことを考え、凜とした理念をもって格安サービスを遂行されている事務所もあることでしょうし、そのような事務所がたくさんあってほしいと願っていると、最後に申し添えておきます。
株式会社知財アシスト 代表取締役
小石川 由紀乃 (弁理士)
商標登録出願などの特許庁手続は個人事務所(ささら知財事務所)でお受けしております。
小石川由紀乃 プロフィール
理系出身者が圧倒的多数を占める弁理士業界において、大学で神経生理学や心理学を専攻した後、百貨店の書籍部門での勤務などを経て知財の世界に足を踏み入れた少し変わり種の弁理士。
特許事務所勤務の傍ら、独学に近い無手勝流の受験勉強を経て、2005年に弁理士試験に合格。当初は、与えられた仕事をするだけのひきこもりタイプの勤務弁理士であったが、あるとき意を決して、外部との交流や情報発信などの活動を始める。
中小企業のクライアントが多い特許事務所に長く勤務して見聞きした実情をふまえ、自分なりにできることをしようと、2013年に知的財産に関する専門部署を持たない企業に向けた知財サービスを提供する事業所:知財サポートルームささら(現・ささら知財事務所)を開設。
より充実したサービスの提供を目指して、2015年8月に株式会社知財アシストを設立し、代表取締役に就任。