特許かんたん解説「新規性喪失の例外規定」

 前回記事の「発明の新規性」で述べたように、他の誰からも発表されていない発明であっても、その発明をした当人やその当人から特許を受ける権利を譲り受けた者(発明者の勤務先企業など)によって発明が公開されると、発明の新しさは失われ、特許を受けることができなくなってしまいます。

 しかし、この原則を厳格に運用することは酷であるので、一定の条件を満たす公開行為に関しては、例外的に発明の新規性は失われなかったものとして取りはからおう・・・という救済規定があります。

 発明の新規性喪失の例外規定 と呼ばれる規定です。

 

 この規定の適用を受けるには、以下の条件の全てを満たす必要があります。 

(1) 特許を受ける権利を有する者の行為に起因して発明が公開されたケースに該当すること。

(2) 発明が公開された日から1年以内に特許出願をすること。

(3) 特許出願時に発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けようとする旨を記載した書面を提出すること。

(4) 特許出願の日から30日以内に、発明の新規性喪失の例外規定の適用の要件を満たすことを証明する書面(以下「証明書」と言います。)を提出すること。

以下、各条件について、順番に説明します。


(1) 特許を受ける権利を有する者の行為に起因して発明が公開されたケースに該当すること。

 特許を受ける権利を有する者(発明者または発明者から権利を譲り受けた者。以下「当事者」と言うことにします。) の何らかの行為と発明の公開との間に因果関係がある、と言える事情がなければなりません*1

 典型的といえる事例をいくつかあげてみます。

 * 発明が適用された商品を当事者または当事者から依託を受けた者が販売した。

 * 発明が適用された商品を当事者または当事者から依託を受けた者が展示会に出展した。

 * 学会やプレゼン会などで当事者が発明の内容を発表した。

 * 当事者または当事者から依託を受けた者がウェブサイト(ECサイト、動画投稿サイト、SNS等を含む。)で発明の内容を公開した。

 * 当事者がメディアの取材に応じて発明の内容を開示し、その取材内容が、新聞・雑誌などの印刷媒体、ウェブ情報、テレビ番組などとなって公開された。

(2) 発明が公開された日から1年以内に特許出願をすること。

 「発明が公開された日」の公開は、「はじめての公開」を意味します。

 

 つまり、複数回にわたって発明が公開された場合は、最初に公開された日から1年以内に特許出願をしなければなりません

 

 この点、くれぐれもご注意ください。

(3) 特許出願時に発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けようとする旨を記載した書面を提出すること。

 特許出願をオンラインで行う場合には、願書中に【特記事項】という欄を設けて、その欄に「特許法第30条第2項の規定の適用を受けようとする特許出願」と記載することで、上記の書面を提出したことになります。

 形式的な手続ですが、絶対に落としてはならない必須の手続きです。

 

(4) 特許出願の日から30日以内に証明書を提出すること。

 最も重要な手続きです。期限を徒過することがないように、万全の注意が必要です。

 そして、この期限が到来するまでに、発明を公開した事実を漏れなくピックアップし、発明を公開した日にち、公開の場所、発明を公開した者、具体的な公開行為、特許を受ける権利の承継に関する事情、公開行為時に特許を受ける権利を有していた者と公開をした者との関係などを記載した証明書を作成、特許庁に提出しなければなりません。

 証明書は郵便により特許庁に送付する必要がありましたが、令和6年よりオンラインでの提出が可能になりました

 関連性がある公開行為でも複数回にわたって行われた場合には,各回の公開行為について証明する必要があります。

 たとえば、発明品の紹介とその発売開始を予告する公開を行い、それから数日後に販売を開始した場合には、予告の公開を行った日と販売を開始した日のそれぞれについて証明書を提出する必要があります。

 さらに、発明を把握できる内容で販売の様子をSNSなどで公開した場合には、その公開についても証明書を提出する必要があります。

 ウェブでの公開については,見落としが発生しやすいので,特に注意が必要です。

 ウェブサイトでの公開を行った場合には、公開したウェブサイトのアドレス(url)を証明書に記載する必要があります。SNSや動画投稿サイトで発明を公開した場合は、投稿ごとに発生する固有のurlを抜かりなくピックアップして証明書に記載する必要があります。

 自社サイトによる公開でも、トップページのurlだけでなく、実際に公開を行ったページのurlを記載する必要があります。動画投稿サイトにあげた発明品の紹介動画を自社サイト内に埋め込んだ場合も、動画投稿サイト、自社サイトの双方のurlを記載する必要があります。

 発明品の販売や宣伝のためのウェブサイトを立ち上げた後に、そのサイトのurlのリンクをつけてSNSに投稿(シェア,リツイート)したときも、その投稿が新たな公開行為に該当すると解釈される可能性があります*2

 メディアの取材による公開についても、最近はウェブで公開されることが多く、 新聞や雑誌に掲載するという名目で取材を受けた場合でも、同内容のものがウェブサイトでも公開されることがあります。これらが完全に一致する場合は、一番最初に公開されたものについて証明書を提出することで足りると思われます(特許庁「発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための出願人の手引き」,審査基準第 III 部 第 2 章 第 5 節を参照。)が、印刷媒体による公開だけと思い込んでその証明書だけ提出していたら、先にウェブ情報が公開されていた・・というようなことがないよう、注意が必要です。

 レイアウトの不一致がある場合や、一部情報の欠落や書き換えなど印刷媒体による公開とウェブサイトによる公開とは完全に同内容とは言えない場合、各公開が同日に行われている場合には、それぞれについて個別に証明書を提出した方が良い、と思います。 


 発明の新規性喪失の例外規定は、かつては適用を受けることができる公開の形態が厳密に限定され、証明書に記載した事実の裏付けとなる証拠資料を提出する必要もありましたが、現在は、公開行為の制限は特になく、証拠資料の提出も必須ではなくなりました。

 規定の適用を受けることができる期間も、以前は公開から6ヶ月以内でしたが、1年以内に拡張され、救済を受けやすくなりました。

 だからといって、特許出願前に発明を公開しても大丈夫、とは決して言えません。

 発明が公開されてしまうと、当事者の預かり知らぬところで、第三者により様々な公開行為が行われる可能性があります

 当事者が発信したウェブ情報や当事者への取材に基づいて書かれた記事を第三者がシェアやリツイートにより拡散した場合や、当事者が販売した発明品を購入した人がブログやSNSでその発明品を紹介した場合など、当事者が関与した公開と同一といえるものが第三者により公開された場合は、元々の公開について証明書を提出していれば、それら第三者の行為についても救済措置の対象になります。

(上記の手引き・審査基準を参照。)

  しかし、第三者による公開のどこまでがセーフで、どこからがアウトかを、明確に分けられる基準が曖昧で、全てが救済されるという保証は決してないと思います。

 また、当事者が関与しているとは言えない公開は、救済の対象にはなりません。 

 たとえば、公開された発明を知った者によって模倣品が販売されてしまった場合、その販売については救済規定の適用を受けることはできず、発明の新規性は失われてしまうと思われます。

 公開された発明に何らかの工夫を加えたものが、当事者より先に特許出願されてしまうおそれもあります。そうなると、当事者以外の者による特許出願に先願の地位が与えられ、当事者が特許を受けることは難しくなります。

  やむを得ず、発明を公開してしまった場合も、特許を取得することを希望されるならば、1年あるからまだ大丈夫・・などと考えず、できるだけ早く特許出願を完了させて下さい。

 また、その特許出願が完了するまで新たな公開行為を繰り返さぬよう、重々ご用心下さい。

もう一つ、重要な注意事項があります。

 この救済規定は、あくまでも日本国内のみで通用するものです。

 海外の主な国々にも同じような規定はありますが、適用を受けられる期間や公開行為の条件は国によって異なり、日本より厳しい制約が設けている国もあります。

 

 海外でも特許を取得しようと考えている場合は、特許出願が完了するまで絶対に発明を公開してはなりません

 なお、日本での特許出願が完了すれば、海外への出願については優先権を主張することができますので、新たなアイデアが加えられることがなく、優先権を主張することができるのであれば、海外への出願前に発明を公開しても大丈夫です。

(詳しくは、特許かんたん解説「優先権」をご覧ください。)


 以上、私のいくつかの経験や調べたことに基づいて解説記事をまとめましたが、かなり偏った解釈をしているところや誤認もあると思います。実際に、発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けて特許出願をすることを検討されておられる方は、解説内容をうのみにせず、特許庁の下記のウェブページやそちらへのリンク情報で詳細をご確認下さい。

 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/hatumei_reigai.html

 

 意匠についても、新規性喪失の例外規定があります。こちらに関しても特許と同様の注意が必要です。


*1 特許を受ける権利を有する者と公開行為について

特許を受ける権利は、原則として発明者に帰属します。発明者はその権利を保持したまま自身で特許出願を行うこともできますし、所属企業などに権利を譲渡してその譲受人により特許出願を行うこともできます。

 新規性喪失の例外規定の適用を受けるには、発明の公開が、その公開の時点で特許を受ける権利を有している者の行為に起因して行われたと言える事情がなければなりません。たとえ発明者であっても、特許を受ける権利を勤務先企業などに譲渡してしまった後に発明者個人の立場で発明を公開した場合は、その公開は「特許を受ける権利を有する者の行為に起因」した公開であるとは言えません。

 特許を受ける権利を有する者以外の第三者により発明が公開された場合は、その公開者と権利を有する者との関係を明確に説明する必要があります。かなり複雑な事情が絡むケースもあるので、後日に疑義が生じそうなものについては、裏付けとなる資料を証明書に添付する、または後日に提出できるように準備しておくことをお勧めします。

*2 特許を受ける権利を有する者が同内容の公開を複数回行った場合について

 特許庁の審査基準第 III 部 第 2 章 第 5 節 「発明の新規性喪失の例外」によれば、証明書を提出した公開行為に密接に関連する公開行為については、証明書が提出されていなくても救済の対象になるとされていますので、最初の投稿について証明書を提出しておけば、その投稿のシェアやリツイートにまで証明書を提出する必要はないかもしれません。

 しかし、単にurlを添付しただけでなく、発明の内容を表すようなコメントを付けて投稿した場合は、新たな公開行為に該当するおそれがあると思います。

 特許出願の日から30日を超えてしまうと、証明書を追加することはできません。証明書を出すべきかどうか迷う行為があれば、とにかく証明書を提出しておくことをお勧めします。


文責 弁理士 小石川 由紀乃