実用新案は、特許と同様に、技術に関するアイデアを保護する制度です。
「実用」という言葉の影響のせいか、イラストの人物のように、日常の不便を解決する目的で生まれたアイデアやあまり高度とは言えない技術に関するアイデアは実用新案で登録すれば良いとお考えの方が多いのですが、その認識は正しいとは言えません。
昭和の高度成長時代から平成初期あたりまでは、その考えは、あながち間違いとは言えず、実用新案登録の申請手続きはたくさん行われていました。大企業でも、技術内容、事業における重要度、経費、保護が必要な期間などをふまえて、特許と実用新案とを使い分けていたように見受けます。
しかし、現在は、実用新案が選択されるケースは非常に少なくなっています。実用新案の法制度が大きく改正されてしまったためです。
かつての実用新案権は、保護の対象が物品に限定されていることや権利期間が短いことを除けば、特許権と同様の効力を持つ権利でした。しかし、いまの実用新案権は無審査で登録される権利・・・新しくない技術(新規性なし)でも、ありふれた技術(進歩性なし)でも、おかまいなしに登録されてしまう権利なのです。
当然ながら、そのような権利に強い力を与えるわけにはいきませんので、実用新案権の侵害にあたる行為を発見した場合にも、簡単に権利を行使することはできません。登録された実用新案について特許庁に技術的評価を請求し、その評価の内容を記した「実用新案技術評価書」という書類を相手方に提示しなければならない、という規定があります(実用新案法第29条の2)。ちなみに、実用新案技術評価書の請求にかかる費用は5万円ほどです。
この評価書で良い評価が得られなかった場合でも権利を行使すること自体は可能ですが、その評価を見た相手方からの請求によって実用新案登録が無効になる(実用新案権の抹消)おそれがあります。さらに、相手方から、権利を行使されたことにより生じた損害の賠償を請求されるおそれもあります。
もちろん、新規性や進歩性が認められるアイデアであれば、実用新案権であっても模倣行為を差し止め、模倣行為により生じた損害を賠償させることができます。しかし、そのような価値のあるアイデアならば特許を受けることもできたはずです。
特許法や実用新案法によると、特許は、自然法則を利用した技術的思想の創作(考案)のうちの高度なもの(発明)を対象とし(特許法第2条)、実用新案は、考案に該当するもののうちの一部(物品の形状、構造又は組合せに関するもの)を対象にする(実用新案登録第1条、第2条)と読み取れますが、「高度」な技術的思想と「高度でない」技術的思想との境界については何も定義されていません。また、技術レベルが高いとは言えないが、ユニークな着想から生まれたアイデアは数多く特許されています。そういった実情をふまえると、実用新案の対象となる技術はすべて特許の対象にもなる(登録されるかどうかは別として)と考えても良いと思います(下図を参照。)。
法文を素直に解釈すると、こうなりますが・・・
こちらの考え方の方が実情にあっていると思われます。
ただ、実用新案ではなく特許を選択すると、費用が嵩む・・・と心配する声が聞こえそうなので、申請の手続き(出願)および設定登録のために絶対に必要となる費用(出願料・登録料)を比較してみました。
特 許 | 実用新案 | |
出願料 | 14,000 円 |
14,000 円 |
登録料(1~3年目) |
6,900 円 | 6,600 円 |
登録料(4~6年目) |
20,700 円 | 19,200 円 |
登録料(7~9年目) |
62,400 円 | 57,000 円 |
登録料(10年目) |
55,400 円 | 19,000 円 |
出願料・10年分の登録料の比較
平成28年4月1日現在の産業財産権関係料金一覧表(特許庁)によるもの。
・登録料は、請求項数が1の場合の金額です。
・10年目以外の登録料は3年分を合算した額です。
・特許の11年目以降の登録料は10年目と同額です。この費用の支払いを続けることを前提に、特許申請の日から20年が経過するまで権利を存続させることができます。
上の表に示すとおり、出願料は同額です。
弁理士の手数料も、提出する書類の内容の差がないことから、大きな差はないと思われます(事務所によって異なります。)。
実用新案権の権利期間である10年間分の登録料の差も、10年目以外はさほど大きくなりません。
問題となるのは、特許申請の手続き(特許出願)をした後の審査を受けるための費用です。出願審査請求という手続をする必要があるのですが、その際に、少なくとも12~13万円前後の審査請求料を特許庁に納付する必要があります。また、少なくとも1回は拒絶理由が通知されると想定した方が良いので、その通知への応答手続きにかかる弁理士手数料(事案や事務所によって異なりますが、10~20万円前後と思われます。)を見積もっておく必要もあります。
しかし、審査請求料や登録料に関しては、産業競争力強化法などに基づく減免の適用を受けることができる可能性があります。
従業員数が一定数以下の小規模企業や設立10年未満・資本金3億円以下の企業、もしくはこれらに相当する個人事業者であれば、審査請求料,10年分までの登録料は通常の1/3となります。この要件から外れても、研究開発型の中小企業であれば、審査請求料,10年分までの登録料は半額となり、費用負担を大幅に減らすことができます。
特許出願をした後に、その出願を実用新案登録出願に変更する手続き(変更出願)をする手もあります。たとえば、審査請求の期限(特許の申請の日(出願日)から3年間)になるまで「特許出願中」としてアピールした後に、実用新案への変更出願をして延命をはかることができます(審査請求も変更出願もしなければ取り下げとなります)。
「実用新案登録」という表記は、実用新案の制度を知る人にはどうしても軽く見られてしまいますが、「特許出願中」と表記することで、全く同じ内容のものについて実用新案登録を受けた場合よりも牽制効果は高められると思われます。特に、特許出願の内容が公開されていない間(通常1年半)は、どんな内容で権利化されるかの推測が困難なので、かなりの効果を期待できます。その間に事業が順調に進んで利益が出るようになれば、審査請求手続を行って特許取得にチャレンジすることができます。特許技術であることを上手にアピールするなど、他社の追随をかわす力も高められるかもしれません。
最初から実用新案を選択してしまうと、早期に権利化される(といっても審査されずに半自動的にですが)代わりに、早期に公開されてしまいます。同等の技術について他者に特許が付与されるのを防ぐことはできますが、権利範囲をすりぬけて同種の技術を開発される時期が早まるとも考えられます。登録後の実用新案を特許出願に変更し、改めて特許取得を目指すことができる制度もありますが、これができるのも出願から3年以内(出願審査請求が可能な期間)。実用新案権を放棄する手続も必要です。特許出願を選択すべきであったのに誤って実用新案を選択してしまったケースを救済する以外のメリットがあるとは思えません。
ただ、新規性はあるが、進歩性が高いとは思えないアイデアで、申請の内容も、実物を見ればだいたい想像がつく、というようなものにまで、特許を申請しても、多大な効果が得られるとは思えません。ズバリそのものをコピーされることを防ぐ目的で実用新案登録の申請をし、商品名の商標登録などを合わせて保護を図る、あるいはデザインに斬新さがあるならば、そのデザインについて意匠登録の申請をする・・というような、特許申請以外の方法を検討する方が賢明です。
いずれにせよ、事業に関係する大事なアイデアについて、高度な技術でないからと短絡的に「実用新案」を選択するのはよろしくありません。J-Platpat(特許情報の検索サイト)などで調査を行い、その調査の結果をふまえて保護の方針を検討することが肝要です。
弁理士 小石川 由紀乃
(株)知財アシスト 知財よろず相談員