久しぶりの架空のお話です。
アクセサリーデザイナーのFさんは、自らデザインした商品によるオリジナルブランドを立ち上げることにしました。
当面はネットショップでの販売ですが、ゆくゆくは実店舗を立ち上げたいと考えています。
Fさんは、忙しい時間をやりくりして新規商品のデザインをいくつも考案し、これらの商品化の準備を進めました。
ネットショップや商品のタグ・パッケージなどにつけるシンボルマークも自らデザインし、主要商品(第14類の身飾品など)および身飾品の小売等役務(第35類)を指定して、そのシンボルマークの商標登録出願を完了させました。
出店準備がほぼ整ったころに、出願していた商標がタイミング良く登録されました。
無事にネットショップをオープンさせたFさんは、あちこちで実物の商品やシンボルマークを見せて
「ブランドを守るために、シンボルマークの商標登録を済ませました!」
とアピールしています・・・
ところが、Fさんには大きな誤認識がありました。
Fさんが使用しはじめたシンボルマークは、登録された商標とは異なるものになっていたのです。
基本的なコンセプトは維持されていると言って良いですが、一部の形状や色合いが変更されたために登録商標と同一とは言えない形態になっています。
実はFさん、デザインの原案ができた段階で、できるだけ早く登録を受けようと商標登録出願を行ったのですが、その後に「もうちょっとインパクトがあった方がいいな・・」と、原案にアレンジを加え、それを最終形態のシンボルマークにしてしまったのです。
以前に聴講した商標のセミナーで、登録された商標だけでなく、登録商標に類似する商標であっても、他の人が使用することを差し止めたり、損害賠償を請求することができるという話を聞いていたことから、少しくらいのアレンジをしても問題はない、と思い込み、商標登録を受けたことで、すっかり安心してしまったのです。
しかし、商標を独占的に使用することが認められる権利(専用権)は、登録商標そのものを指定商品または指定役務(サービス)に使用する範囲にしか及びません。単純な色違いやごく微少な変更を超えるアレンジが行われたとすると、Fさんが登録商標を使用しているとは言えないように思われます。
アレンジされたマークも登録商標に類似するものですし、マークの著作権もありますから、FさんやFさんが許可した人以外がシンボルマークを使用することを禁じることは可能であり、なんとか一応の保護は確保できていると思われます。しかし、
「このシンボルマークは商標登録を受けています」ということは事実に反しますので、上のイラストにあるような告知活動はやめなければなりません。
Ⓡ(R)マークなどの登録商標を表す表記をすることも控えなければなりません。
このままでいくと、登録商標そのものを使用する予定がないことになりますから、万一、不使用取消審判が請求されると対抗できず、登録が取り消されるおそれもあります。ブランドが万全に守られているとはとうてい言えない状態です。
Fさんの場合、シンボルマークのデザインをじっくり検討し、「よし! これでいこう!」と決めたものを出願すべきだったと思いますが、いまはそれを責めるより対策を講じることが必要です。
幸い、原案のマークが商標登録されて、上に述べたような一応の保護ができていますから、しばらくはその保護のもとで事業を進め、商品の売れ行きが伸びてきたら使用中のシンボルマークの出願を行う、という方針で進めても良いと思います。
しかし、「商標登録済み」を謳っての営業活動を既にしていることを考えると、使用中のシンボルマークの出願を速やかに完了させた方が良いかもしれません。出願をしないのであれば、「商標登録済み」と言わない方針の営業に変更する必要があります。
今回の架空ストーリーでは、図形商標(シンボルマーク)を例としましたが、文字商標でも、たとえば、普通の字体で出願して登録を受けたのに、デザイン性のあるロゴマークに変更して使用している場合などに、同様の問題が発生します。色々な書体のアレンジに対抗できると誤解して普通の字体で登録される方もおられるようですが、商標の制度の第1の目的は、事業に使用する商標を保護することにより、その使用する事業者の業務上の信用を守ることにあります。したがって、必ず使用する商標で商標登録を受ける意識を持つことが必要です。
使用の形態が決定していないうちは急がずに(もちろんあまり遅くなると他の問題が生じるので限度はありますが・・・)、出願の時期を慎重に見計らって下さい。
さて、Fさんですが、使用中のシンボルマークの商標登録をすれば盤石になるか・・というと、そうとも言えません。
ネットショップの名称やオリジナル商品の保護ができているのかどうかも心配ですが、それらは、また別の話として別の機会にいたしましょう。
弁理士 小石川 由紀乃