何やら,たいそうな表題をつけてしまいましたが、これから述べることは、弁理士である小石川由紀乃が自身の経験から培った自己流の読み方であり、決して正しい方法とは言えないことを、初めにお断りしておきます。
しかしながら、特許出願の実体的書類である明細書を読む作業に慣れていない・・という方には参考になることがあるかもしれませんので、該当する、という方は、どうかご一読下さい。
あと3つほど、お断りしておきます。
1)この記事では、特許出願のために作成された明細書をチェックする作業を行う場合を想定することにします。つまり、ガッツリと明細書を読まなければならない方に向けて発信します。調査など他の目的で明細書を読む場合には、その目的によっては、「そこまでしなくていいよ」ということもありますが、その説明まで入れると煩雑になりますので、別の機会にします。
2022年5月補足:下記の記事をご参照下さい。
特許公報を読み慣れていない方への読み方アドバイス2)この記事では「明細書」と「特許請求の範囲」とを合わせて「明細書」ということにします。現在、これらの書類は形式的には別の書類という位置づけになっていますが、かつては「特許請求の範囲」は「明細書」の一項目でした。現在でも、書類の作成実務では、通常、同一の文書ファイルにまとめて作成され、明細書本文と「特許請求の範囲」とを合わせて「明細書」と呼んでいます(少なくとも私の知る限りでは。)。
3)そもそも「明細書」というものがどのような趣旨のものかもわからない、これまでに一度も読んだ経験がない・・という方は、まず、この記事の末尾にある補足説明の欄にお目通しいただいてから、記事本文にお戻り下さい。
前置きが大変長くなりまして、すみません。それでは、本論に入ります。
読み方術 その1:「特許請求の範囲」を最初に読んではいけない。
公開特許公報などでは、明細書本文より前に「特許請求の範囲」が掲載されていますし、出願用の原稿でも1ページ目に記載されていることが割合多い(原稿作成の最初の作業として「特許請求の範囲」を書くため)ので、つい目がいってしまいますが、いきなりがっつり読んでも、よほど簡潔な記載のものでない限り、理解できないと思います。
この後の明細書本文を読む気力がうせてしまってもいけないので(笑)、ここはスルー、または、ささっと眺める程度にしましょう。
同じ理由で、明細書本文中の「課題を解決するための手段」も読み飛ばして構いません。必ずそうであるは言えませんが、「特許請求の範囲」の記載を引き写していることが多いところですので。
「課題を解決するための手段」に目を通す場合にも、「特許請求の範囲」と照合して、ここと異なる記載があるかどうかを確認する程度にしましょう。その場合には、「特許請求の範囲」に対応する段落番号の横に対応する請求項の番号をメモし、「特許請求の範囲」に対応していない箇所の段落番号に目印をつけておくと、後で行う詳細チェック作業がしやすくなります。
読み方術 その2:最初に従来技術と発明の課題の説明部分に目を通す。
いちばん読みやすい・・と、後半の実施例(発明の実施の形態)だけ読む方がおられるかもしれませんが、
その前に、明細書本文の冒頭にある「技術分野」「背景(従来)技術」「発明が解決しようとする課題」「発明の効果」をさっとでも読むことをお勧めします。
これらを読むことで、発明の前提となる従来技術やその従来技術の問題点、発明の目的がわかるからです。
これらを読むことで、書類作成者が発明を正しく把握して書類をまとめたかどうかを、ある程度推測できるとも思います。
読み方術 その3:実施例も熟読せずに、ポイントを拾って読むことから取り組む。
実施例(発明の実施の形態)の欄は発明を具体的に説明している箇所であり、出願前のチェックの場合には、最も重要視すべき箇所であるとも言えますが、最初から丁寧に、一言一句を拾うような読み方はお薦めできません。特に明細書のボリュームが大きい場合にそれをやると、くたびれてしまい、内容を理解できなくなってしまうおそれがあります。
図面の符号の照合も気になるかもしれませんが、それも一番最後で良いでしょう。
まずは、発明のポイントと思われる箇所を探すつもりで、ざっと目をとおしてみましょう。文章がわかりづらければ、図面で先にアタリをつけて、重要そうな図面に対応する説明書きを探しましょう。重要そうな箇所には線や星印などのマーキングをしておくと、繰り返し読む場合に役に立つことが多いと思います。
明らかな誤認記載や誤記を見つけた場合には、忘れぬように印をつけたり、赤ペンで修正して下さい。ただ、この段階では「たまたま見つけたとき」に対応するだけに留めましょう。
ざっと読みの後は、実施例全文を少なくとも一回通読して、技術内容の説明や専門用語に誤りがないか、重要事項が抜けていないか、確認して下さい。
このときに余裕があれば、符号の間違いがないか、部材などの構成要素の名称が途中で変わっていないか、などもチェックして下さい。
読み方術 その4:明細書から離れて図面を眺めてみる。
図面は、主として実施例の説明を補足する目的の書類(従来技術の説明に使用される場合もある。)ですが、明細書の記載に従って照合していると、かえって混乱してしまうかもしれません。
少なくとも一度、図面だけを眺めて、重要な構成要素の描画に誤りがないかをチェックして下さい。
特に、発明者・技術者の方は、じっくり時間をかけて、致命的な誤り(部材間の係わりの誤り、形状の誤り、表中の数値の誤り、ソフトウェアのフローチャートの流れの誤りなど)がないか、チェックして下さい。
この図面のチェックは、先に述べた実施例の通読より前の方が良いと思います。そうすることによって、実施例を読むときにどの図面のどの箇所に言及しているかの理解がしやすくなり、だいぶ読みやすくなるように思います。
図面に関しても、ケアレスミスの探索に注力を向けるのはやめましょう。符号や引き出し線にちょっとばかり間違いがあっても、そのことのみで特許を受けられなくなるようなことはありませんので、過度に気にする必要はありません。ここでも、たまたま見つけた場合にとどめましょう。
読み方術 その5 無理に理解しようと頑張らず、?印をつけて保留する。
戦略的な観点などから、実施例の欄でも、特許請求の範囲の用語の説明にあたる記載や権利範囲の担保になる記載などを書き込むことがあります。
これらは、書いた本人以外は、実務に長けた人でなければ理解できないと思います。
抽象的な文章や意味不明な文章に出くわした場合には、?マークでもつけておき、後で書類作成者(担当弁理士)に趣旨説明をしてもらって下さい。
読み方術 その6: 特許請求の範囲は実施例に対応づけながら読む。
明細書本文をひととり読み取ることができましたら、「特許請求の範囲」を読んでみましょう。
抽象的に記載されたり、長い修飾フレーズで複雑になることが多いので、構成要素などの根幹部分を特定して○で囲んだり、区切りと思われる箇所にスラッシュ/を入れたり、修飾部分と思われる箇所を括弧でくくるなどの工夫をしながら読んでみて下さい。
「特許請求の範囲」に記載されている発明には必ず実施例が含まれているはずです。
実施例に登場する用語が使用されている場合には、実施例中の該当する符号を書き込んだり、図面を参照したりすることで、理解がしやすくなると思います。
実施例の記載に整合していない用語が使用されている場合には、実施例の何に対応するのかを考えねばなりませんが、ここも無理はせず、分からないことは書類作成者に質問しましょう。
そして、この段階で「課題を解決するための手段」の欄にも目を向けてみましょう。「特許請求の範囲」の用語の解説や、構成から生じる作用など、「特許請求の範囲」の理解の助けになる説明が記載されていることがあります。これらを含めて、特許申請しようとしている技術的範囲が適切かどうか、書類作成者の発明把握は適切かどうかを検討して下さい。
特許請求の範囲で重要なのは独立項(他の請求項を引用していない請求項)、特に最初の請求項1です。請求項がたくさんあって混乱される場合には、独立項のみに絞ってチェックしても構いません。それも難しいならば、請求項1だけでもチャレンジしてみましょう。
読み方術 その7:完全に理解できるまで読み込もうと努力せずに、質問する!
ここで誤解を恐れずに言います。
明細書本文(「特許請求の範囲」以外)についてかなり一所懸命に読んだが理解できない、という場合、それはあなたの能力不足ではなく、書類作成者のスキルの問題によるのかもしれません。
単なる文章の上手・下手はあまり影響を及ぼしませんが、論理構成に問題があると、非常に理解しづらいです。またどうでも良いことを長々と説明したり、逆に重要なことなのに簡単にしか説明していない(しかも分かりにくい)ものも、品質が良いとは言えません。
書類作成者に対して遠慮なく指摘されて良いと思います。
「特許請求の範囲」はよく分からないが、明細書本文は分かりやすく、技術面の取り違えもないという場合には、書類作成者は十分なスキルをお持ちだと思います。「特許請求の範囲」もしっかり練って書かれている可能性が高いと思います。
ただ、この場合にも、趣旨説明をしてもらいましょう。決して一言一句を理解しようとか、訂正を求めようとするのではなく、どのような技術範囲までカバーしようと考えているのか、実用化・商品化が確定している場合には、その事業の形態に適した請求項が設定されているかを、ご自分の言葉で質問し、確認なさって下さい。
出願のための「特許請求の範囲」を立案する際には、できるだけ権利範囲を広くしようという狙いからあえて曖昧な文言を選んだり、必要な要件の一部を省略することがあります。記載を明確にすることを求めすぎると、権利範囲が狭くなるおそれがありますので、ご注意下さい。
最後にひとこと!
書類作成者の立場での本音を言いますと、何の指摘も受けずに「結構です」と言って頂けると、ホッとします。再検討をすると、その分の労力が増えて割に合わない仕事になる可能性もあるので、それがないことは大助かりです。
ですが、十分に検討した結果として提示したことや、これで良い・問題はないと思っていることでも、指摘を受けて初めて問題があることに気づくことがあります。出願後に変更や追加をすることはできませんから、出願前の関係者のチェックは非常に重要です。
プロが書いたものにケチはつけられないよね・・・
明細書を読むのに慣れていないのにアレコレ質問するのは気がひける・・・
などと遠慮されることなく、分からないことはしっかり質問なさって下さい。
ただし、質問はどうかお早めに。
書類作成者の記憶が薄れないうちにしないと、対応がどんどん遅れ、出願の時期も遅れてしまいます。特に書類作成者が多数の案件を抱えている場合には、その可能性が高くなりますし、書類作成者の負荷がより大きくなって迷惑をかけるおそれもありますから、くれぐれもご注意下さい。
文責 弁理士 小石川 由紀乃
「特許請求の範囲」について
発明の概念を表す文書。特許出願の段階では、出願人が独占権を得たいと考える技術的範囲を表し、特許された後は独占権の範囲を表すものとなります。
発明は「請求項」という単位にまとめられて表されます。1つの請求項が一発明に相当すると解釈されます。
技術的範囲は書き表し方によって変動するので、具体的に発明したものが1つのみであっても、そのものずばりの技術的特徴だけでなく、他の変形例も含めて考えてそれらに共通の特徴を書き表したり、他のものと組み合わせた構成を書き表すなど、様々な表現によって複数の請求項をたてることができます。ただし、必要以上に多くの請求項をたてる必要はないと思います。
「明細書」について
特許請求の範囲に記載された発明を詳細に説明する文書。
一般に、発明が属する技術分野、その分野における従来の技術と問題点(背景技術、発明が解決しようとする課題)、その問題を解決するものとして案出された発明の内容(課題を解決するための手段)、発明の効果、図面の簡単な説明、発明の具体例(発明の実施の形態)、という流れに沿って説明が展開されます。
特許を受けるためには、「特許請求の範囲」に発明内容を記載するだけでなく、明細書にもその発明が記載され、かつ該当する技術分野の知識を有する者(当業者)が理解できる程度の明確さを持つ説明が行われていなければなりません。
ただし、なんでも詳しく書けば良いというものでもありません。出願書類は後に公開され、特許された技術的範囲に含まれない技術は誰でも自由に実施できるものになってしまいます。模倣行為を見抜くのが難しい内部機構やノウハウに関する記載は必要最小限度にとどめるなどのさじ加減が必要です。